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大日本帝国殺人事件3(終章) 畑中 「俺は…マサルぼっちゃんの教育係を務めていたんだ」 得意の逆立ちを披露しながら、畑中は語り始めた。 畑中 「ぼっちゃんが6歳になった頃から雇われた。サル曜日に国語を教え、カメレオン曜日に算数を教え、ヒヒ曜日に社会を、マンモス曜日に理科を教えるというスケジュールで、ここ約一年ずっと家庭教師を務めてきた…。しかし…」 逆立ちを解きざまバック宙を決めて周囲の拍手喝采を浴びてから、彼は表情を怒りに染め上げた。 畑中 「そのガキの生意気なこと生意気なこと…!」 故マサル 「言ってくれんじゃねぇか畑中、いち召使いの分際でよぉ?」 畑中 「その態度が気に入らねぇってんだよ! 変に大人ぶりやがって…こん畜生がッ!!」 ペリー 「一体マサル君は、どんな生意気っぷりを働いたんですか?」 畑中 「語りすぎると優に8年ぐらいかかりそうだから…“算数”での例だけに留めておこうか。…刑事さん、一つ質問だ」 ゲルマニウム 「なんだ?」 畑中 「1+1は…いくらだ?」 ゲルマニウム 「ひぺりん、いくらだ?」 ペリー 「…そういやお前、小卒だったっけ。足し算も出来ないのか…。そりゃあ、“2”でしょう?」 畑中 「そう、2だ」 ペリー 「もしかしてマサル君、答えられなかったんですか?」 畑中 「答えたさ。ちゃんと正解もした。しかし…その“正解の仕方”に、俺は無性に腹が立った」 そう言うと畑中は股間をまさぐり、一枚の用紙を取り出した。 畑中 「…これを見てくれ。マサルの書いた解答用紙だ」 ![]() ペリー 「…あ〜…」 用紙に見入り、ペリーは思わず声を漏らした。 ペリー 「…なんとなく、畑中さんがムカツク気持ちもわかりますね…」 ゲルマニウム 「おいおい、なんだよひぺりん、この“アイ”ってアルファベットは?」 ペリー 「小卒のお前が知ってるわけないだろうけど、この“i”って記号は『虚数単位』といって(中略)だから2になるわけだけど…」 畑中 「虚数は本来高校で習う分野だ! それなのに…それなのにこいつは…」 故マサル 「細かいこと言ってんなよ。答えは当たってんだから別にいいだろが?」 畑中 「俺はあくまで“小学一年生”に勉強を教えてんだよ! ちゃんと小学生で習う内容の範囲内の要素で答えを出してもらわなきゃ困んだよ! だから俺は注意したんだ。次の問題はちゃんと小学生らしく解いてくださいよ、ってな」 ペリー 「…で?」 畑中 「そしたら2番の解答が…これだよ」 ![]() ペリー 「………」 ゲルマニウム 「ひぺりん…一体なんなんだ? この異次元の言語は…」 ペリー 「これは『極形式』(中略)だから1になるわけだけど…」 畑中 「…こんな感じの傍若無人っぷりを、俺は毎日毎日味わわされてきたんだ。来る日も来る日も、小学生らしくない生意気な振る舞いに心惑わされ、こっちがどんなに注意を促したって、聞く耳すら持ちはしない…。ノイローゼになりかけるほどに悩みきった時…俺は、とうとう吹っ切れた。気が付いたら、右手に鈍器をたずさえて…忍び足でマサルの背後に忍び寄って…」 故マサル 「…そんな事で俺は殺されたっていうのかよ。ふざけんな!」 畑中 「ざけてんのはそっちだろうがこの青二才がッ! 中途半端に大人ぶってんじゃねぇよ!!」 故マサル 「大人ぶっちゃいけないのかよ!? 子供は子供らしく振る舞わきゃいけない義務でもあるのかよ!!? みんながみんな、まるでそんな義務でもあるかのように、来る日も来る日も俺に“子供に対する”対応ばかりしてきやがった! 俺はそんな毎日が嫌だった! いつまでも子供として扱われる自分自身が嫌だった! だから…だから…」 マサルの声に震えが混じり、かすかな嗚咽が漏れ出た。 ペリー 「マサル君…」 故マサル 「だから…だから…エグッ…俺は…みんなに…畑中だけじゃなくて、この屋敷に住んでる人全員に…こんな年齢でも十分に大人として振る舞える自分を…見て欲しくて…ヒック…たとえ小学生でも…高校生レベルの勉強も十分出来るってことを…教えたくて…エグッ…7歳の俺を…“大人”として…認めてもらいたくて…」 マサルの母 「マサル…」 故マサル 「父さんも母さんもおんなじだ…俺を…いつまでも俺を…子供として見続けるんだ…。俺が『ステーキ大好き』って言った日から、ずっとずっと、夕ご飯には必ずステーキが出てくるじゃないか…。俺は…もう子供じゃないんだよ…? 与えられた物を喜んで鵜呑みに食べ続けるような…受け身的な人間じゃないんだ…ちゃんと自分の意見をはっきり言える“大人”なんだ…! だから今…この場を借りて、言わせてもらう。ステーキ飽きました。…キャビア喰いてぇ!」 大鬼熊瓦之丸 「…そうか…」 マサルの震える肩に、大鬼熊瓦之丸がそっと手を載せる。 大鬼熊瓦之丸 「お前の気持ちも知らずに…毎日毎日ステーキばかり作り続けて、悪かったな…」 故マサル 「父さん…」 ペリー (父さん!?) ゲルマニウム (彼は二ノ宮家の婿養子なんだよ。大鬼〜ってのは旧姓なんだ) ペリー (そうだったのか…) 大鬼熊瓦之丸 「そうか…お前は、“大人”として扱ってもらいた…ゲハッ!」 大鬼熊瓦之丸は突然咳き込み、口から赤いものを吐き出した。 故マサル 「父さん!?」 大鬼熊瓦之丸 「マサル…父さんはもう…あまり長くないんだよ…」 ゴホゴホむせながら、マサルの肩を優しく抱く。 大鬼熊瓦之丸 「もう…私がお前の“父”でいられる時間は…あまり残ってないんだよ…。だから…どうしてもお前には…甘い扱いばかりせざるを得なかった…。お前にはまだまだ精一杯、“子供”として存分に甘えてもらいたかったんだよ…」 故マサル 「父さん…!」 大鬼熊瓦之丸 「父さんの…不味いステーキなんて…すぐ飽きてしまうよな…?」 故マサル 「そんなことない! 父さんの…父さんの作るステーキは最高だよ!! もっとたくさん食べたいよ!!!」 ゲルマニウム (大鬼熊瓦之丸のエプロン姿…) 故マサル 「俺は…俺は…」 マサルの母 「マサル…あなたはまだ、ほんの7歳の子供なのよ。無理に背伸びをする必要はないの。もっと…もっともっと、私たちに甘えてちょうだい…ね?」 故マサル 「ごめん…みんなごめん…! 俺、知らず知らずのうちにみんなに迷惑かけてたみたいだ…。自分のことばっかし考えて、ろくに周りも見ずに勝手な振る舞いしまくって…うう…」 畑中 「へっ、わかってくれりゃあいいんだよ」 青木 「おらは全然気にしてねぇべさ。落ち込まんでくだせぇ、マサルぼっちゃん」 不動 「…上に同じ」 中川 「ぼっちゃんにはもっとお皿を汚してもらいたいミュウ! いくらでも皿洗いするミュウ!」 丸岡丸川丸沢丸田丸菱丸山 (そろそろ風呂入ろっかな…) 故マサル 「ありがとう…ありがとう…みんな」 ペリー (…行こう、ゲルマニウム) ゲルマニウム (ああ、そうだな) これで二ノ宮家は安泰だろう、と二人は思った。 両親と召使いたちに自分がどれだけ想われているかを自覚した二ノ宮マサルは、きっと、周りの人のことを案じまくり気遣いまくる、素晴らしく優しい人間へと変貌することだろう。…大鬼熊瓦之丸の、立派な跡継ぎとなることだろう。 ゆえに二人は、その場を立ち去った。どこへ行くかの当てもなく…。 ペリー 「…なぁ、ゲルマニウム」 ゲルマニウム 「なんだ?」 ペリー 「…自分…海軍将官やめて、やっぱり先祖にならって“探偵”やってこうかと思うんだ」 ゲルマニウム 「ほう?」 ペリー 「マサル君やお母さん、大鬼熊瓦之丸さん、畑中たちの笑顔を見て…そう思ったんだ。自分はやっぱり、“殺人”とかの罪ってのは、ずっとふところの中に仕舞っておくべきものじゃないと思うんだ。誰かがその罪を早く暴いて、その人のしこりを取り除いてやらないといけないんだ…! 自分があの事件を解決していなかったら…きっと、もうずっと、あんな風な笑顔は二ノ宮家には決して戻らなかったに違いない…。そう考えると…自分は…」 ゲルマニウム 「…協力するぜ」 ペリー 「ゲルマニウム?」 ゲルマニウム 「今度は俺が力を貸す番だ。やっちゃいけないことやっちまって、そのことを必死こいて隠し通してビクビク震えてる奴らの“しこり”を…これからも、取り除きまくってやろうじゃねぇか!」 ペリー 「…ありがとう…」 羊のペリーは、涙ぐみつつ感謝した。 ペリー 「…今後とも、よろしくな!」 こうして二人の旅は始まった。 まだ見ぬ犯罪者、己が心の中に“ぬばたまの闇”を抱えた犯罪者の…その“闇”を取り払ってやるべく、彼らは旅立った。互いに互いの肩を組み合いながら、晴れ晴れと赤く照り輝く夕日に向かって吠えながら…凄腕の探偵と敏腕の刑事は、諸国を漫遊するべく、長い長い道のりを、今まさに歩み始めたのだった…。 侍マン 「あの羊どこ行きやがったんだ…?」 <大日本帝国殺人事件全3話・完> |